あこままのもやもや日記

2015年春に脳梗塞で救急搬送。原因は脳の難病である「もやもや病」であることが判明。2015年夏に右脳のバイパス手術を受けるが、後遺症で、左半身麻痺=「左片麻痺」に。絶望の淵からたちあがり、リハビリを続け、専業主婦として生活していく闘病、リハビリの記録。明石家さんまの「生きてるだけで丸儲け」が座右の銘。

24時間テレビに思う「障害者」との向き合い方

」毎年、夏野終わりに放送される日テレも「24時間テレビ」。今年も放送された。チャリティマラソンは4人で繋ぐ初の「駅伝」形式で、最後のランナーいとうあさこには、毎年ながら、もらい泣き、4人の「絆」に不覚にも感動したりした。
が、毎年、この番組では、日本中の「障害者」「難病患者」を取り上げ、その人が「努力に努力を重ねてやり遂げたこと」、「夢を叶えた」内容を密着して放送。大変な状況であっても、「願いはかなう」「やればできる」ことを伝えている。
確かに、「努力、自分の身の上をあきらめずに前向きに努力」していくことは、健常者でも難しいし、成し遂げることは本当に大変で、ある意味、「えらい」とも思う。「見習わないと」という気持ちにもなる。
でも、「障害者」ばかりを全面に出して、番組で扱うことは、逆に「差別」のような気がしてならない。
現実的な生活で困っていること、生活していくうえで助けてほしいことなどをもっと、あからさまに話して、・・・だから、「バリアフリーが必要だ」とか、「ヘルプマークの意味を知って欲しい」と公共の電波で訴えたほうが巷に溢れる一般の「障害者」にとっては、実にありがたい。「障害」を持つと、健常な時には全く考えられなかった「不便さ」や、「生きづらさ」を体感する。きれいごとや言葉だけでは言い表せない様々な不自由さに溢れる社会を体感する。でも、番組では、そんなことよりも、主人公の「苦しいけど必死に頑張りました」「夢、希望が叶って本当に嬉しい」の部分しか扱わない。確かに、人一倍の努力や懸命なリハビリや練習をこなしてできたことなんだろうが、それは、普通に生きている「障害者」だって同じだ。ただ、テレビで扱われる機会をもてたかどうかの違いである。
大きく、大げさに扱かうから、心無い健常者が「ほら、こんなに、頑張ってるじゃん、あなただってもっとがんばれるんじゃない?」「あなたよりずっとえらい、すごいよ」と圧をかけてくる。なんにもわからないくせに・・・。
そんなに、「障害者」を取り上げたいんだったら、来年の五輪に向けて本当の意味での「バリアフリー」や、まだまだ認知度の低い「ヘルプマーク」について周知を徹底するできるような取り上げ方をしたほうがましだ。
「障害者」とわかって、上から下までじろじろ見る目があったり、困ていることを正面から「聞いてあげよう」という意識がまだまだ世間にはない。トイレやスロープが整備されていても、人々の気持ちが、「障害者」を見る目がまだまだ、「バリアフリー」には程遠い。だからこそ、番組で、そういう部分をもっと徹底して扱ってほしい。
裏番組で、フジテレビの「ザ・ドキュメンタリー」を放映。仮面女子というアイドルグループのメンバーが1年前に災害?で、事故に遭い、脊髄損傷、下半身全麻痺になった。彼女の復帰までの家族との苦悩、現在のりはびりの模様・・・等々を密着、放送。一見、24時間テレビと同じだが、こちらは、彼女の日常の不自由さを、きちんと描いている。電車に乗るときの車椅子が通らない自動改札の狭さ、脊髄損傷で、尿意を感じられないため、数時間に一度必ずトイレに行くようにしている・・・とか、いつもいつも「笑顔」でいることの苦しさも赤裸々に告白。テレビで紹介される華やかな部分だけでなく、彼女の「急に障害者になった不便さ」をきちんと描き、障害の重さをちゃんと伝えている。なんか違う・・・。「障害者」を見世物にしていると感じてしまう24時間テレビ。いろいろな考え方があるんだろうけど、24時間テレビも過渡期、少し、内容の見直しをはかったほうがいいじ時期にあるのかもしれない。
「障害者」を「かわいそうな人たち」ととらえる時代は終わった。日本中が、「心のバリアフリー」について考える時間になって欲しいと切に願う。